SHIN KAGENO RYU

新陰之流



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近年、新陰流の開祖である上泉武蔵守信綱の高弟であった

疋田豊五郎・傅系の新陰流を名乗る人物や団体が、出現してきております。

 現代の情報化社会に於いて、数百年前に記述された豊五郎の新陰流伝書は、

古本屋などで見かける他、伝書巻物専門のインターネット書店などでも購入する事ができます。

国立県立博物館貯蔵の疋田系新陰流伝書などは、閲覧可能で複写も出来ます。


 故に、その様な時代に於いては、何が正統であるかを考察する必要があると、

多くの諸先輩・諸先生方のご意見を頂戴しました。

 中でも、漢文学者の()諸橋轍次先生は、

『傅書巻物が多く残っている流派は、いずれ間違った考え方を持つ者の手によって、

恰も真実であるかの様に再現されるから』と、予言しておられました。


新陰流の開祖、上泉武蔵守信綱は、多くの弟子を育てました。

新陰流は、日本剣術流派として、三大源流のひとつに数えられ、あまりにも有名であります。

新陰流の高弟達は、更なる流派を創始して、幾多の分流を生み出しました。


疋田豊五郎は、信綱の新陰流を修め、後に細川藩の剣術指南役となった人物であります。

豊五郎は、その全傅を細川藩士であり、高弟であった上野左右馬助景用に伝授しました。

豊五郎には、師匠であった信綱と同じ様に、多くの弟子が集まり疋田豊五郎の新陰流を学び修めました。

その為、豊五郎直筆の傳書や弟子筋が発行した巻物は、数多く存在しております。

その様な傳書巻物は、古物的価値・歴史的価値・その他などの理由により、売買の対象となっているものも数多く存在します。



疋田豊五郎の創始した正式な流派名は、「新陰之流」であり、それ以外には存在しません。

当流では、流派の正傳及び正しい継承を目的として「新陰之流、一門會」が、流派の継承と普及を管理するものです。


また、類似の名称を使用して、疋田系統の新陰流を標榜する他の団体個人が、存在しておりますが、

現師範家及び新陰之流一門會は、それらの団体個人とは、全く関係はありません。

他の団体個人が指名した指導者及び、それらが独自に発行した段位目録称号などの発行があっても、

流派の歴史上に於いて、全く正統性のないものであり、当流及び一門會は一切認めません。。


 
 
本ホームページでは、疋田豊五郎の新陰之流全傅を継承した上野左右馬助景用より十二代に渡り伝承されてきた

新陰之流第十四世上野景範師範が、其の術理と伝承を解説するものです。